二人をツナぐ架け橋は、、
「じゃ、乾杯」
――チンッ!
乾杯の声と共に二つのグラスのふちが当たり、綺麗に響く音を奏でる。
雰囲気の良いバーの中、カウンターのスチールに座っているのはなかなかに見目の良い青年二人。
片方は紅髪に紅い隻眼の派手な雰囲気の男。もう片方は精悍な顔つきの黒髪灰目の真面目そうな青年。
紅い男は着痩せするのか、服装が前衛的な為か、あまり男臭さを感じさせない。しかし、女性的には勿論、中性的にも見られない絶妙なバランスを取っており、ホストクラブなんかに居ても一財産築けそうだ。
もう一人の青年は、年相応の男らしさ、頼りがいのあるがっしりとした体格で、落ち着きのある風情だ。優しさがあり、気遣いも出来る。見た目からそんな事を思わせる事の出来る品性を持ち合わせている。
そんな二人だから、勿論女性の目を惹き付けるのだが、雰囲気の相違からも違和感を覚えさせ、他の一般客からも少々人目を集めていた。
それもそのはず。彼らは、つい先程までお互い顔は勿論名前すらも知らなかった仲なのだから。
「ここらで自己紹介と行きますか。俺はアゼルディーシャ。周りの奴らはアゼルって呼んでっから、お前も気軽にそう呼んでくれ。君とかさんとか、要らねぇから。」
「分かった。アゼルだな。俺は白尾芳樹。俺の方も特に敬称はつけてくれなくていいから。好きに呼んでくれ。」
「おう。じゃあ、芳樹って呼ばせてもらうわ。呼び捨てのが慣れてっから。」
「ああ。構わない。」
そんなやり取りが交わされる程度には他人であった。
しかし、だからといって親しくなれない訳じゃない。
この二人、見た目からして合わなさそうだが、意外や意外、結構気が合っていた。
「それにしても驚いたな。街を歩いてたら急に知らない男に親しげに声かけられるんだから。」
芳樹が苦笑気味に話題を出せば、アゼルもまた苦笑で返す。
「悪かったよ。でも、助かった。その礼にここは奢るからさ。」
「いや、そこまでしてもらう程の事はしてないぞ。」
「まあまあ、ここは奢られとけよ。こっちの勝手な都合で連れられて来てるんだから。それと、お近づきのしるしに、な?」
「まぁ、そこまで言うなら……。」
「サンキュ。」
アゼルが笑顔で返すと、二人はそれぞれグラスを傾けた。
「なぁ、支障がなければでいいが、あれはどういう状況だったのか説明してくれないか?」
「ああ、そうだったな。話すよ。あれは……。」
そう。それは一時間ほど前に遡る。
***
「ねぇ、行きましょうよぉ〜。オーナーさ〜ん。」
「いえ、まだ仕事がありますし……。」
時は夜。飲食店以外の店は門戸を閉め、店員達が帰途に着く頃。場所は高級ファッション街の、とあるファッションブランド店の前。
まだ二十代半ばの青年の周りに、数人の奥様方が擦り寄っている。
「えぇ〜?他の店員さんに聞いたら、オーナーさんこの後はお休みってい言ってらしたわよ〜?」
青年は円満に断ろうとしているが、奥様方は今日こそ逃がすものかと青年を追い詰めている。
「まぁ、確かに仕事ではないですけど……。これから人と会う約束があるんですよ。」
「ホントに〜?」
「そう言って私達を煙に巻こうとしてない〜?」
苦笑しながらも青年は無理に振り切ろうとはしない。青年にとってはいかに迷惑でも大切なお客様だからだ。それも、大口の。
「本当ですよ。あ、ほら、俺が遅いから迎えに来た。――おーい!こっちだ!」
すると、青年はちょうど通りかかった同年代の青年を呼び止めた。
「!?」
オーナーと呼ばれていた青年は輪から抜け、声を掛けた青年の肩に腕を回す。
「じゃあ、俺はこの辺で。またのご来店をお待ちしてますよマダム。」
「えぇ〜〜!?」
と、盛大に笑顔を振りまくと、青年二人はそのまま連れ立って歩きだした。
***
「――と、まぁ、そういう状況だった訳だ。鬱陶しいことこの上ないが、お客様はお客様だから、下手に邪険にする事も出来ないからな……。それにしても、状況が呑み込めてないのに合わせてくれて助かったよ。もしかして、そういうの慣れてる?」
「いや、慣れてもないし、合わせたというより、驚きすぎて何もできなかっただけだ。急に知らない男から親しげに声を掛けられたんだからな。」
「悪かったよ。」
アゼルが悪気も無さそうにくくっと笑い、芳樹が鷹揚に受け止めている。この二人はこの二人で、意外と相性がいいのかもしれない。
それから二人は他愛もない話をしながら飲み交わし、話題は下ネタ話から何故か恋愛の話になっていた。
「ふ〜ん。芳樹のナリならもてそうなのにな。いや、もてるが『相手には誠実に』の精神の元、まだ特定の相手は作っていないってところか?」
「まあ、な。」
「なるほど。」
アゼルは納得したように頷くと、ふと思いついたようにニヤリと笑った。
「なあ、芳樹。お前って男もイケる?」
「は?」
「いや、男ならお前の好みに合いそうな奴がいるんだけど。芳樹は男は絶対駄目ってタイプ?」
「いや、好きになった奴が男っていうなら、まあ、問題無いだろうが……。」
今まで男を好きになった事は無いと言う芳樹。
しかし、アゼルは大丈夫大丈夫と気軽に笑った。
「男も良いもんだぜ?それに、惚れたら相手の性別なんか関係なしに嵌っちまうもんだ。まぁ、取り敢えず会ってみろよ。今呼び付けるから。」
「いや、そこまでしてくれなくとも……。」
「大丈夫ダイジョーブ!それに、俺もあいつには恋人でも作ってもらった方が助かるんでね。」
「?」
そう言ってアゼルはウィンクを返すが、芳樹は困惑したままだ。
そのままアゼルは携帯電話を取り出し、コールをかけた。
「...Salut, Alldea? C'est je. Est-ce que tu peux venir maintenant ici? ...Oui. La place est...」
電話の相手にはすぐに繋がったようで、親しげに話している。
そして、早々に話はついたらしく、アゼルは電話を切ると笑顔で芳樹の方を見た。
「大丈夫だとよ。丁度ここなら家からも近いし、すぐ来るだろ。期待しとけ?」
「あ、ああ。」
にやりとするアゼルに対して、芳樹は急な展開に微妙についていけていない感じだ。
それから話題は逸れていき、芳樹も自分のペースを取り戻した頃。
♪〜チリン
何度目か、バーのドアが開く音がし、そちらに視線をやると、アゼルと同じ紅髪紅い隻眼の青年がきょろきょろとしていた。
その青年はこめかみだけ長く伸ばした独特の髪型におっとりとしてそうな優しげな風貌、細身の身体付きで放っては置けない様な雰囲気をしている。見ていれば庇護欲をかき立てられ、女性の母性本能も惹き付けそうな様子をしている。
それを見止めたアゼルが手を上げ彼に呼びかけた。
「Alldea! Je suis ici.」
「Allshar!」
すると、不安そうにしていた青年がほっとしたようにアゼルの元にやってきた。
「紹介するよ、芳樹。これ、双子の弟でアルディ。見た目通り、頭は悪くないはずなんだが、どっか抜けてる。」
「アーシャ、ひど……!」
青年――アルディが二人に元に来るとすぐにアゼルが話し始めた。
そして、状況が分かっていないだろうアルディがその紹介に反論しようとするのを聞かずに、アゼルは次の紹介を進めた。
「アルディ。こっちが白尾芳樹。さっき親友になった所だ。仲良くしろよ?」
「どうも。白尾芳樹です。」
「あ、こんばんは。アルディです。よろしくお願いします。」
最後の一言はからかい半分につけ足したアゼルだったが、アルディはそれを真面目に取ったのか、芳樹の挨拶を聞き、笑顔で手を差し出した。
芳樹もその手を取って握手すると、それを見計らったようにアゼルが席を一つ横にずれ、アルディに席を勧めた。
「どうだ、アルディ。芳樹、結構かっこいいだろ?」
「うん。格好いいねぇ!芳樹君、僕とも仲良くなって欲しいなぁ。」
素直に感嘆の言葉を述べるアルディに芳樹は面食らったようだが、何を思ったのか、何かに納得していた。
「……なるほど。」
「?なるほど?」
「だろ?」
アルディは何が何やら理解していない様子だったが、アゼルは"何か"が何なのか分かっているようで、にやにやと二人の様子を眺めている。
そして、芳樹はじっとアルディを見つめると、唐突に聞き始めた。
「アルディ、君、結構周りから可愛いって言われない?」
「あ、うん。なんでだろ。……え?あれ?なんでわかったの?」
アルディは、素直に問いに答えるが、数秒の間を置いて驚いた様に聞き返した。
それを聞いたアゼルは反対側を向いて笑っているが、芳樹の方も微笑で返し、なんでだろうな?と、優しく声をかけた。
「……なぁ、アゼル。ちょっとアルディと二人きりにしてもらいたいんだけど、いいか?」
「勿論。――マスター。」
アゼルは快諾すると、バーのマスターにクレジットカードを渡し、会計を頼んだ。
「三人分の会計はこれで。カードは帰りにあいつに渡しておいてくれればいいんで。」
マスターは慣れた様に恭しくカードを受け取り、アゼルのコートを取りに行った。
「え、アーシャ、ホントに帰っちゃうの?」
アゼルが帰り支度をすると、アルディは少々不安そうにアゼルを見つめてきた。彼は人見知りはしないはずなのだが。
「なんだ?芳樹と二人きりは嫌なのか?」
すると、アルディは無自覚に爆弾を落とした。
「嫌じゃないよ!けど、こんなかっこいい人と二人きりって緊張する!」
それを聞いたアゼルと芳樹は一瞬固まった後、アゼルは大笑いし、芳樹はどこか居心地悪げにしていた。
「え?ええ?」
アルディはなぜ笑われているのか分かっていなさそうにし、アゼルの次の言葉にまたも爆弾を落としていった。
「なんだ、アルディ。珍しい。芳樹に一目惚れでもしたのか?」
「え?だって、こんなに格好いい人、みんな好きになっちゃうでしょ?」
きょとんとして返したアルディだったが、その言葉を聞いたアゼルと芳樹は流石に一瞬どころでなく固まった。
「……マジで言ってる、よな?」
「?うん。」
「そうか……。」
「…………。」
「???」
アルディは堂々と告白した事実に気付いているのかいないのか、疑問符ばかり飛ばしている。
対して、アゼルは呆れ、芳樹は非常に居心地が悪そうにしていた。
「まぁ、どうせ両思いだ。上手くやんな。今日は帰ってこなくても良いから。」
「え?」
「おい、アゼル!?」
そう言うとアゼルは後ろ手にひらひらと手を振り、店から出て行ってしまった。
「アーシャ、どうしたんだろう?」
未だに状況を飲み込めていないアルディに、芳樹は何を言っていいのか分からなかった。
「?芳樹君?」
アルディは、振り返るようにして芳樹と目を合わせ、不思議そうにしていた。
(どっか抜けてるってレベルじゃない気がするんだがなぁ……。)
芳樹はふぅっと一つ、大きく息をつくと、少々の照れ笑いを浮かべながらアルディに告げた。
「俺も、一目惚れだったんだ。」
(嵌ってしまったんだから、仕様がないよな。)
運命というものは何処に落ちているか分からない。
大切に奥底にしまわれている場合もあれば、道端に落ちている事もある。
それに気づけるかどうかで人生というものは大きく様変わりしていく。
出会い、愛し、愛され。
幸せというのは人それぞれ形が違うけど。
そこに辿り着くための架け橋、それは。
すぐそこに見えていた。
(オフセット本 ぼくらの箱庭には“シアワセ”が詰まっている。 より再掲。)